生まれ故郷を辿る
ちょっと思うことがあって、というわけでもないのですが、10年以上くらいぶりに生まれ故郷の日吉をぶらぶら歩いてきました。
中野からだと地味に行きづらい日吉。ルートはいろいろありますが、今回は原点?に返って渋谷から東横線に乗って向かいました。

渋谷もどんどん変わって知らない姿になってました

Fライナーが来ました
特急は止まらないので武蔵小杉で目黒線に乗り換えます。

ちょうど三田線の新型車両が来ました

着きました

日吉名物、通称「銀玉」は健在
慶応側を覗いてみると、ちょうどイチョウ並木が色づいていて、写真に収める人もチラホラ。しかし今回はこちら側にはほぼ行きません。

こっち側はあんまり縁がない
メインとなるのはこちらの商店街側。まさに生まれ育った街です。

慶応生に「ヒヨ裏」と呼ばれていたと聞いて、ちょっとショックだった
放射状に伸びた道路は田園調布を模したものらしいですが、道が狭いのでバスが通るのも一苦労。

この道をフルサイズのバスが通り、すれ違います

駅ビルができたのは小学生前後

あまり意味のない信号も健在

郵便局はそのまま、前の通りは「メイルロード」
日吉と言えばやはり「マルヤ」さん。今回は昼過ぎだったので商品はあまり残っておらず断念。

棚はきれいになってたものの、庇や青い看板はそのまま

このファミマは昔はガソリンスタンドで、オリジンはカメレオンクラブでした

幼稚園もほぼ通ってた時のまま
旧実家
日吉には生まれてから高校卒業までの 18年間住んでいて、その間に 2度の引っ越しをしています。そのうちの最初の実家だった場所に行ってみます。
まずは駅から普通部通りへ。

この先に慶応の普通部があるので普通部通り。角のマックも健在
商店が見当たらなくなってくると、角に現れるのが母校の日吉台小学校。


小6くらいの時に創立 120周年だったので、もう 150周年くらい?
そしてさらに小学校を越えて進んでいくと、日吉名物の坂の中でも名前の付いている「赤門坂」が見えてきます。
この赤門坂を下りずに電話ボックスのある路地を入った先
ここが最初の旧実家、の跡地。

住んでいたアパートは既になく、一軒家が建っていました。(表札を見ると、多分当時の大家さんのご家族)
当時は隣が広い造園のようになっていて、周囲も林のような木々に囲まれたうっそうとした雰囲気でしたが、それらはすべてなくなって広々とした雰囲気に様変わりしていました。
そしてその向かいに位置するのが
こちらの首なし地蔵様。その名の通り、首がありません。
正式名称は「赤門坂上庚申塔」というようで、地名などでも見る「庚申塚」とも言われる中国伝来の信仰のための石塔のことのようですが 、なぜお地蔵様の首がないのかなど詳しい由来は不明です。
住んでた頃は祠のようなものに囲まれて、周囲も木々が覆い茂っていましたが、今ではだいぶスッキリしていました。(位置も多分移動してる)

裏側にはお猫様も
小さい頃は「お前は首なし地蔵の所から拾われてきた」「悪いことをしたらお地蔵様のとこに返すぞ」などとヒドイことを言われたりもしましたが、不思議と恐怖は感じませんでした。

お地蔵さまと自撮り
ちなみに 2軒目、3軒目の実家も辿りましたが、ほぼ当時のままでした。
原点のおそば屋さん
日吉には僕がそば好きになった原点のお蕎麦屋さんがあります。それがこちらの六三さん。

駅から最初の中央通りと普通部通りの間の路地にあります
子供の頃は「丸はし」という近辺に何店舗かあるお蕎麦屋さんの支店でしたが、その後独立して今のお店になりました。
家族みな、その丸はしのお蕎麦が大好きで、週末のお昼は月に 2、3回は出前を取っていました。
今回は鴨せいろを注文。
新そばの時期なので少し緑がかって挽きぐるみの混じったお蕎麦は相変わらず味も風味も絶品。
蕎麦好きになった原点の味を堪能しました。
流石に十年以上ぶりなので覚えていないかと思いお声がけはしませんでしたが、丸はし時代からのご主人はまだまだお元気そうでした。
変わりゆく街並み
商店街はそれほど変わった様子はありませんでしたが、一方で大きく変貌していたのが日吉から綱島にかけての綱島街道沿いの一帯。
かつてサンテラス日吉というショッピングセンターがあった場所は巨大なマンションと、こじゃれたモールに。

ユニー、どこ...
パナソニックの工場の跡地は巨大なショッピングセンターやアップルの日本支社に。
アピタってなんの略...

...ん?

ユニーあった!!!!

大分歩き回ったので一休み

車まで売ってました

すっかり暗くなっちゃいましたが、アップル社屋
そして綱島まで来ると、開業間近の新綱島駅周辺の再開発が急ピッチで進められているなど、今後もどんどん変わっていきそうな将来性を感じました。

なんか色々建ててます

入口もできてました
まとめ
今回、日吉を巡ろうと思った一番のきっかけが、「自分には故郷がないな」と改めて気づいたからでした。
両親が日吉から母方の祖父母の家に移ったのが十年以上前。
その時にもボンヤリとは感じてはいたのですが、昨年、父方の祖父母が亡くなったのを機にその父方の祖父母の家に移り、母方の祖父母の家は取り壊すことになって、その思いが強くなった所はありました。
で、巡ってみてどうだったかというと、「記憶や思い出は割と鮮明に蘇るけど、やっぱり故郷かというとちょっと違うかも...」という思いに至りました。
「懐かしい」という気持ちはあるけど、「帰ってきた」って感覚ではないんですね。
なのでやっぱり「故郷はない」と改めて実感することになりました。
別にそれが寂しいとか悲しいとかいう気持ちはないのですが、故郷がある人はちょっぴり羨ましいなと思ったりはしました。
以上、よろしくお願いいたします。
